今回は高次脳機能障害の種類や特徴,神経心理検査などについて説明します。
目次
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは,脳卒中や事故などで脳を損傷することで生じる認知障害全般のことを指します。
そもそも,高次脳機能というのは脳機能の中で記憶・思考・感情・言葉などに関連するものを言います。視覚・聴覚などの感覚や運動機能からの情報をまとめあげてより高度な情報処理を行っており,他の動物と比べて大きく発達している機能です。
認知障害には記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害,巣症状としての失語・失行・失認が含まれています。
記憶障害
記憶を思い出したり(逆向性健忘),新しいことを覚えられなくなったりする(前向性健忘)症状が表れます。
エピソード記憶が障害されかつ前向性健忘が主症状の場合が多い健忘症候群では,側頭葉内側面,視床,前脳基底部などが損傷されていることが多いです。
検査
検査に用いられる代表的なものは,WMS-R(ウェクスラー記憶検査),三宅式記銘力検査,ベントン視覚記銘検査です。
●WMS-R
対象年齢:16歳 ~ 74歳
特徴:短期・長期記憶,言語性・非言語性記憶,即時・遅延記憶等のさまざまな面から記憶力を測るもの。
●三宅式記銘力検査
対象年齢:成人
特徴:簡便に行える聴覚性・言語性記憶検査。意味的な関連がある10対の名詞と関連がない10対の名詞を記銘させた後,対になっている片方の名詞を提示しもう一方の名詞を想起させるもの。
●ベントン視覚記銘検査
対象年齢:8歳~成人
特徴:10枚の図版を用いて,視覚認知・視覚記銘・視覚構成能力を測るもの。脳損傷と健常群,正常加齢と認知症の区別に有効。
訓練・リハビリテーション
障害の重症度や障害されている領域に応じて,反復訓練や環境調整(メモをそばに置く,大切なものは身に付けておくなど),代償法(メモ帳や予定表などの外的な補助手段)などの方法が用いられます。
注意障害
注意障害は他の高次脳機能障害よりも発現頻度が高く障害される機能の幅が広いという特徴があります。
注意障害では以下の5つの機能に困難が生じます。
・容量:一度に処理できる情報量が減る。
・選択:特定の必要な情報に注意を向けることが困難。
・転換:1つのことに固着してしまい他の対象に注意を切り替えることが困難。
・持続:いわゆる集中力に欠け,一定の注意を保つことが困難。
・配分:一度に複数の対象に対して注意を向けることが困難。
検査
代表的な検査はCAT・CAS(標準注意検査法・標準意欲評価法),TMT-J(Trail Making Test日本版)です。
●CAT(標準注意検査法)・CAS(標準意欲評価法)
対象年齢:成人
特徴:日本高次脳機能障害学会によって開発された注意力や意欲を測る検査。CATは7つ,CASは5つの下位検査から構成。
●TMT-J(Trail Making Test日本版)
対象年齢:20歳~89歳
特徴:幅広い注意,ワーキングメモリ,空間的探索,処理速度,保続,衝動性などを総合的に測定
訓練・リハビリテーション
全体的に注意力が続かない人に対しては,パズルや間違い探しなどを用いて注意力を持続させる訓練を反復します。ある部分にだけ注意力が続かない人にはその部分に合った訓練を行います。
また,訓練を行うにあたって,達成できる範囲で目標を設定し,段階的に訓練していくことが大切になります。
遂行機能障害
遂行機能とは自ら目標を設定し,それを達成するための計画を立てて,効果的に実行する一連の機能のことです。
主な原因は,前頭葉の損傷です。
遂行機能が障害されることにより,衝動的な行動を取る,目標を立てられない,自分を客観視できないなどの症状が表れます。
検査
代表的な検査はBADS (遂行機能障害症候群の行動評価)と,WCST(ウィスコンシンカード分類課題)です。
●BADS (遂行機能障害症候群の行動評価)
対象年齢:主に成人
特徴:カードや道具を使った6種類の下位検査と1つの質問紙から構成。様々な状況での問題解決能力を総合的に評価。
●WCST(ウィスコンシンカード分類課題)
対象年齢:成人
特徴:形・色・数の異なる記号が掛かれたカードを分類させることで遂行機能を測定
訓練・リハビリテーション
訓練方法には直接訓練(問題となっている行動を練習する)や自己教示・問題解決訓練(計画の立て方を一緒に考える)などがあります。
社会的行動障害
感情コントロールや金銭管理がうまくできない,意欲の低下,対人関係がうまく築けないなどの社会生活に大きく影響する問題が生じるようになります。
原因は2つあり,前頭葉を損傷することで障害されるか,他の高次脳機能障害の影響で二次的に生じるかに分けられます。
検査
代表的な検査は,Vinelamd-Ⅱ適応行動尺度とS-M社会生活能力検査です。
●Vinelamd-Ⅱ適応行動尺度
対象年齢:0歳~92歳11か月
特徴:適応行動の発達水準を幅広くとらえ,支援計画作成に役立つ検査。4つの適応行動領域(コミュニケーション・日常生活スキル・社会性・運動スキル)と不適応行動領域により構成。
●S-M社会生活能力検査
対象年齢:乳幼児~中学生
特徴:子どもの日常生活をよく知っている保護者や担当教員に回答してもらい,社会生活能力の発達をとらえる検査。身辺自立・移動・作業・コミュニケーション・集団参加・自己統制の6つの領域から構成。
訓練・リハビリテーション
前頭葉を損傷することで社会的行動障害が生じていると考えられる場合,模倣となる行動の訓練など行動療法的な対応により衝動を抑える方法を身に付けていきます。
他の認知機能障害によって社会的行動障害が生じている場合は,原因となっている認知機能障害への対処が有効です。
失語
構音器官や運動機能に障害がないものの,「聞く・話す・読む・書く」といった言語に関連した機能に障害が見られるものです。
損傷する言語領域によって障害される機能が異なります。
Wernicke(1874)とLichtheim(1885)によって考案された以下の図式に沿って説明します。

図中のAは感覚性言語中枢(ウェルニッケ野),Mは運動性言語中枢(ブローカ野),Bは架空の概念中枢を示しています。
聴覚性言語理解は【a→A→B】,口語言語表出は【B→M→m】,復唱は【a→A→M→m】の経路で行われます。
そして,この経路の途中(①~⑦)で障害が生じることによりその病巣に応じた失語症状が表れます。
失語症の種類 | 病巣 | 特徴 |
---|---|---|
①皮質性運動失語 | ブローカ野(左半球下前頭回後部) | 発話量が少なく非流暢。話し言葉は理解可能。 |
②皮質性感覚失語 | ウェルニッケ野(左半球上側頭回後部) | 話し言葉の理解が困難。なめらかに話せるが,内容が乏しく錯語や新造語(ジャーゴン)も見られる。 |
③伝導失語 | 弓状束 | 聞いたことを短期間覚えておく力が低下し,復唱に誤りが生じる。言語理解と表出は比較的良好。 |
④超皮質性運動失語 | 左前頭葉内側部から背外側部 | 話そうとする意欲が低下し発話量が減る。復唱は保たれている。 |
⑤皮質下性運動失語 | 中心前回中部から下部 | 音声による言語表出は困難だが,書字による表出は可能。 |
⑥超皮質性感覚失語 | 不詳 | 言葉の意味が理解できない。言葉の音を認知することはでき,復唱も可能。 |
⑦皮質下性感覚失語 | 不詳 | 聴覚による言語理解は困難であるが,視覚からの言語理解は保たれている。 |
検査
代表的な検査はSLTA標準失語症検査(Standard Language Test ofAphasia)です。
●SLTA標準失語症検査
対象年齢:成人
特徴:26項目の下位検査から,「聴く」「話す」「読む」「書く」「計算」について6段階で評価。
失行
運動機能には障害がないものの,適切な動作ができない状態のことを言います。
代表的な失行の症状は以下のとおりです。
症状 | 病巣 | 特徴 |
---|---|---|
観念失行 | 左頭頂後頭葉 | 日常的なものを正しく使えない。 |
観念運動失行 | 左頭頂葉 | 目的に沿った行為ができない。 |
着衣失行 | 右頭頂葉 | 服を正しく着れない。 |
肢節運動失行 | 左右中心溝周辺 | 麻痺がないのに手先の細かい動作ができない。 |
構成失行 | 右頭頂葉 | 形を作ることができない。 |
検査
代表的な検査は標準高次動作性検査(SPTA)です。WAB失語症検査の中の行為の下位検査が用いられることもあります。
●標準高次動作性検査(SPTA)
対象年齢:成人
特徴:麻痺・失調・異常運動などの運動障害,老化に伴う運動障害や知能障害,全般的精神障害などと失行症との境界症状を把握可能。
失認
感覚機能に障害がないものの,対象を適切に把握できないものです。
いずれかの感覚(聴覚・味覚・嗅覚・触覚・視覚)に支障が生じ,要素的感覚障害や精神症状,言語障害等によっても説明されず,脳の局所的病変に起因するものとされています。
代表的な症状は以下のとおりです。
症状 | 特徴 |
---|---|
視覚失認 | 見るだけでは対象物が何か分からない。 視覚情報を認知するプロセスに障害が生じたもの。情報をひとまとまりとして把握する段階の障害(統覚型)と意味概念に結び付ける段階(連合型)の2つに分類される。 |
相貌失認 | よく知っている人の顔を見ても誰か分からない。 |
聴覚失認 | 聞こえていてもそれが何か分からない。 |
検査
代表的な検査はVPTA標準高次視知覚検査です。
●VPTA標準高次視知覚検査
対象年齢:成人
特徴:高次視知覚機能障害である皮質盲,物体・画像失認,相貌失認,色彩失認,失読,視空間失認などを包括的に捉えることのできる標準化された検査。