心理学において,感情をいかに制御するかという研究が盛んに行われてきました。
今回は,その中で有効だと言われている
感情のコントロール方法について紹介していきます。
目次
そもそも感情とは
感情は人類が生存競争の過程で獲得してきた適応的なプログラムです。
例えば,捕食生物が物陰に潜んでいるような世界では,恐れを感じることによって素早く逃走することが可能となりますし,逆に,怒りを感じることによって臨戦態勢を作り上げることもできます。
このように,感情とは本来,人類が生き残るために身に付けてきた有効な機能なのです。
しかし一方で,複雑化した現代社会においては,そのような感情による反応が不適応的な結果につながってしまうことも往々にしてあります。
例えば,イライラしてつい他人にあたってしまうことで人間関係に亀裂をもたらしてしまったり,深い悲しみによって何も手につかず仕事や学業に支障をきたしてしまったりすることがあります。
また,試験や試合などを前にして強い不安や恐怖心に駆られたとしても,そこで逃げ出すわけにはいかないような状況がほとんどです。
感情制御研究
このように,感情には,行動や思考を適応的に行わせる働きがある一方で,それが逆に不適応的な反応を生じさせてしまうこともあります。
そのため,こうした好ましくない反応を生じさせてしまう感情を適切な形で制御することが求められます。
このような感情をいかに制御するかということに関する研究を心理学の分野では感情制御研究と言います。
感情制御研究は1990年代から増え始め,精神的健康とも関連付けられながら盛んに研究が行われてきました。
グロス(Gross)という心理学者は,感情制御を,「個人が,どのような感情を,どのような時に,どのように経験あるいは表出するのかに影響を与えるプロセス」であると定義しています。
感情制御方略
グロスは,感情制御のプロセスモデルを提唱しています。
プロセスモデルとは,感情が生じて表出されるまでの過程における2つの局面に注目し,そこに感情制御の2つのプロセスをそれぞれ対応させたものです。
まず1つ目の局面は,感情を生じさせるような刺激となる出来事や状況に対して評価がなされる段階。
この段階では,先行焦点型感情制御と呼ばれる感情制御が行われ,生起される感情の種類や強度に影響を及ぼします。
2つ目の局面は,感情が表出あるいは経験される段階。
この段階では,反応焦点型感情制御と呼ばれる感情制御が行われ,感情の表出や経験の仕方に影響を及ぼします。
先行焦点型感情制御の代表的な例としては,「再評価」と呼ばれる方略があります。
再評価は,出来事や状況に対しての認知的な評価を変容させる方略です。仕事で失敗したときなどに,良い経験になったなと捉えなおすというようなものです。
反応焦点型感情制御の代表的な例としては,「抑制」と呼ばれる方略があります。
抑制は,感情を表出しないように抑え込むような方略であり,単純に我慢するというものです。東洋人の多くは抑制を使いやすいようです。
感情制御研究において,多くの研究者は,この認知的方略である再評価と行動的方略である抑制の効果の差異に着目してきました。
結局,何が有効なのか
結論から言うと,「抑制」は抑うつや不安につながりやすく,「再評価」は精神的健康やポジティブ感情体験につながりやすいというデータがあります。
様々な感情制御の方略が検討されており,ネガティブ感情を何か他のことによって紛らわせる方略である「気晴らし」や,状況や感情を受け入れる方略である「受容」という方略も一定の効果があると言われています。
効果があると言われている方略の中でも,「再評価」は,特にネガティブ感情の低減に極めて有効な方略であるとされています。
しかし,万能ではありません。
例えば,再評価の認知的資源(脳のリソース)に関する実験では,悲しい記憶を思い起こして再評価を行った群において,その直後に行った課題でミスが増加し認知的資源が少なくなっていることが確認されています。
このように,既に喚起されている感情や認知を変容させるためには,認知的資源が多く必要とされることが明らかにされています。
また,再評価の感情制御の効果は,ネガティブ感情が強い場合には低下することが示されています。これは,ネガティブ感情が強くなるほど必要とされる認知的資源が多くなり,結果として感情制御効果の低下につながっていると考えられます。
要するに,出来事や状況に対する評価を見直す「再評価」がネガティブな感情をコントロールするために有効であるものの,ネガティブ感情が強すぎると効きにくいということになります。
最近では,感情のコントロールにおいてもマインドフルネスが注目を集めてきているため,機会があればマインドフルネスについてまとめてみたいと思います。