感情は「うれしい」,「悲しい」といった主観的な体験だけでなく,心臓がどきどきする・汗をかくなどの生理的反応や,接近・回避・攻撃などの身体的反応を伴います。
そのため,人間の営みのあらゆる面において感情が影響を及ぼしています。
そこで今回は,感情が生じる過程や生理反応に関する理論について説明します。
目次
感情の定義
「感情」・「情動」・「気分」という3つの用語があります。
『心理学事典 新版』(平凡社)によると,以下のように定義されています。
感情:経験の情感的あるいは情緒的な面を表す総称的用語
情動:急激に生起し,短時間で終わる比較的強力な感情
気分:楽しい気分,憂うつな気分,楽観的などのように,ある長さをもった感情
感情の中の動的な側面を強調したものが情動とされていますが,感情と情動は明確に区別されていません。
感情の生起理論
感情がどのように生じるのかということについては,いくつかの変遷があります。
●感情の進化説
感情の先駆的な研究として,ダーウィンの『人及び動物の表情について』という著書があります。
ダーウィンは,生物が環境に適応するために進化する中で感情が生じるようになったと考えました。
生存を脅かすような外敵がいれば,闘争か逃走の選択をする必要があり,その前段階として怒りや恐怖の反応が生じるというものです。
●抹消起源説(ジェームズ‐ランゲ説)
ジェームズやランゲは,ダーウィンと同様に生理的・身体的反応が感情の根元であると見ました。
「悲しいから泣くのではなく,泣くから悲しい」
という言葉に代表されるように,刺激を受けて生じた生理反応を知覚することで感情体験が引き起こされるという考え方です。
●中枢起源説(キャノン‐バード説)
キャノンは,交感神経による内臓変化や線活性には時間が掛かり,末梢的な反応が生じるよりも前に感情が生起しているとして抹消起源説を批判しました。
そして,感情は中枢の働きによって生じると提唱しました。
外界からの刺激が大脳に伝わることで感情体験と生理反応が並行して生じるという理論です。
●二要因説(シャクター‐シンガー説)
抹消起源説と中枢起源説を結び付けたものであり,認知覚醒理論とも呼ばれます。
外界からの刺激によって生じる生理的覚醒状態に対して認知的評価が加わることで感情が生起するという考え方です。
●認知的評価理論
感情が生じる前には認知的な評価が存在するという理論です。
シャクターの影響を受けたアーノルドは,感情が生じる前に行われる事態評価を重視し,対象に対する評価(良い・悪い)によって接近か回避かの行動が意識され,感情が生じると考えました。
ラザルスは,対象が自分に関係があるか,害があるかなどの一次評価とその対象に対処できるかという二次評価の2段階で評価が行われると考えました。
●ラザルス‐ザイアンス論争
ザイアンスはラザルスの理論に批判的であり,認知的評価が介入せずに生じる感情も存在しうると考え,認知よりも感情の方が基礎的なプロセスであると主張しました。
その根拠として単純接触効果を取り上げています。
これは,意識下で無意味な刺激を繰り返し提示されると,その刺激への好意が形成されるという現象です。
●社会構成主義説
ラザルスの教え子であるエイヴェリルは,感情を社会的な構築物であると考えました。
社会や文化の中で共有されている価値を背景に感情が生じ,個々の文化に限定的な社会的役割を持っているとする理論です。
表情
●顔面フィードバック説
ダーウィンやジェームズの影響を受けたトムキンスが提唱した仮説です。
表情の変化による筋肉の動きがフィードバックされ,その表情の感情が体験されるというものです。
仮説を支持する研究もあればそうでないものもあり,真偽は明らかになっていません。
●基本感情
エクマンは,人は感情を表す文化に普遍的な表情を持つと主張し,6つの基本感情(幸福感・悲しみ・恐れ・嫌悪・怒り・驚き)を提唱しました。
同様に,イザードは10種類の基本感情(興味興奮・喜び・驚き・苦悩不安・怒り・嫌悪・軽蔑・恐れ・恥・罪悪感)を提唱しています。
感情の生理基盤
感情の生理反応は心拍数・血圧・呼吸・発汗・筋緊張などに表れ,自律神経系の働きによって生じます。
大脳皮質,扁桃体,視床下部などの中枢神経系が関わっており,特に扁桃体は,外界からの刺激を記憶と照合して感情を生起させる中枢的な役割を果たしていると考えられています。
例えば,扁桃体が損傷したラットを用いた実験では,恐怖条件づけが成立しないことが分かっています。
また,左脳・右脳で役割が異なっています。
表情の認識や感情表出においては,一般的に右半球が優位であることが知られていますし,左半球はポジティブ感情,右半球はネガティブ感情の感情体験に影響しています。